明日の空は何色だ

作家を目指し幾星霜。物書きの雑記ブログ。

盆踊り

今日、薬剤師に「もう大丈夫そうに見えるのに、薬がまた増えたね。人間は見た目じゃ分からんね」と言われた。何のつもりなのだろう。大丈夫そうにして出て行かないと痴漢に遭うのに、大丈夫そうにして出たら嫌味を言われるのだろうか。悶々としながら電車に乗って帰ったが、きっとそんな「嫌味」というほど「意味」を持たせて言っていたわけではないと思うし、これをそこまで気にしてしまうということはやっぱり鬱なんだろう。全3種の薬の注意書きには全て「アルコールはやめてください」と書いてあるが、飲みに飲んでやっとそう思えるようになった。

 

先日買った青磁のお猪口。こうだいの辺りが白いので購入を少し悩んだが、そこだけざらざらとした手触りになっており、酔いの小指には調度良い。恋人と通話をしながら、青い瓶の日本酒を飲んだ。青い瓶から青磁のお猪口へ、米からできた液体はやわらかくなじむ。青とは美しい色だと思う。好きな人と話しながら飲む酒は楽しいのだと知った。

 

トマトは嫌いだが、ナスは好きだ。コンビニでナスの揚げ浸しを買ったが、おいしかった。先週はナスをひき肉と調理した。黒に落ちる手前の紫と、ヘタの帽子がかわいい。油を吸い込むスポンジのような身がおいしい。噛めば水分がじわりと沁み、同時にダシの味が舌に広がる。

 

今日も電車から見る空は夏を満載にしていて、日没の帰り道はお盆の匂いがした。

祖母の家の地域には盆踊りが残っていたのを思い出す。練習の合間にアイスがもらえる、そのために通った。古いスピーカーから流れるがびがびした炭坑節と、蚊取り線香の匂いが懐かしい。砂利を踏むビーチサンダルの足、背後の森の闇。ぼんぼりの温かさと、中央で叩かれる太鼓の低い響き。私にとって特別な日が、何年も重ねられていたのはもう、何年も前のこと。祖母の家には行き辛くなったし、行ったとしても盆踊りには足を運ばないだろう。もう二度と戻らない時の内、思い返して胸を焦がす瞬間などそう多くない。なぜなら、どの瞬間も等しく、二度と戻らないから。五感と共に流れる特別な時間だけ、胸の内に残っていくのだろう。

 

戻りたいとは思わない。だけど、あの時間の愛おしさは夏を重ねるごとにきっと深まる。