明日の空は何色だ

作家を目指し幾星霜。物書きの雑記ブログ。

大森靖子「死神」へのラブレター

気温は30度を優に超え、髪が広がるくらい湿度が高いのに毎日マスクを着けているなんてくるっている。でもこんな世の中、マスクを着けて生きるくらいがちょうどいい。顔を覚えられることもないし、顔を品定めされることもないし、日常が戻ってこいとも思わない。そもそも日常とは、失い続ける性質を持っている。気がする。

 

人と会った帰り道、電車は黄金の西陽に満たされていた。その中で皆、画面に向かってうつむいている。美しい終末に似た景色。上昇気流で入道雲が宇宙を目指す。遠く高い高い山で、大雨が降っているのだろうか。その一滴一滴が川となり、私の町を流れ、海へと溢れる。今日はマグロを食べた。大海を弾丸のように泳いできたその筋肉が、私の血肉となる。いただきますも、ごちそうさまも言わなかった。ごめんなさい。でもあなたは、とってもおいしかったよ。

 

うつ状態になって、喜怒哀楽を感じづらくなった気がする。ただマイナス感情ばかりは蠢いているから、なんとも表現がしづらいが。ひたすら苛々したり悲しんだりするが、全部「ふり」のように感じる。喜びもある。今日は可愛い指輪を買ったし、店員さんに親切してもらった。嬉しい。でもなんか遠い。

 

大森靖子の「死神」が好き。どんな自分も肯定される気がするから。私は長編物語を書きあげたが、「死神」が通奏低音となっている。

最初に「死神」を聞いたのは、リリース前だった。弾き語りのライブ。

見た目とか体裁とかどうでもいいって言って抱きしめてよ

いつか男とか女とか関係なくなるくらいに愛し合おうよ

このフレーズを聞いたとき、男女がすれ違いざまに小指をこすり合わせるイメージが浮かんだ。なんだかただならない曲だなと思った。その時からもう好きだった。私の曲だって思ってた。カラオケで歌った時、あなたのような曲だねと言われた。

川は海へ拡がる人は死へと溢れる

やり尽くしたかって西陽が責めてくる

悲しみを金にして怒りで花を咲かせて

その全てが愛に基づいて蠢いている

川の起点で水が一滴ずつ落ちるのを見て、涙が浮かぶ。川の描く曲線は美しい。「日本の川は瀬戸内海だけだ」なんて外国人のジョークを聞いたことがあるが、満々と水を湛え海に注ぐ様は、どこを切り取っても優美だ。海岸線も、まるで誰かが仕組んだかのように美しい。そしてこんなに醜いものが這いずっているのに、俯瞰した地球は青く輝いて美しい。だからどうしたって愛おしい。そんな自家撞着が苦しくて、生きるのをやめられたらな、と思う。でも、全ての生命の始点と終点が、たったひとしずくを根源にするなんて知ったら。人類が誕生するまでの奇跡を思わずにはいられないし、ここまで文明を築き上げる過程の愚かに思いをはせずにはいられない。

 

どうして、生まれてきてしまったんだろう。でも生まれてきてしまったのは仕方ない。そう諦めたって、やっぱり生を諦めたくなる。

だから町を歩きながら、物を書きながら、この曲をひたすらに聞き重ねる。生きていたって、死にたくたって、生きてしまう自分の弱さと強さを脳内でめくりながら。

死んだように生きてこそ生きられるこの星が弱ったときに

反旗を翻せ世界を殺める僕が死神さ

私は日々、「死神」に生かされている。